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中学校の公民の時間に、言論の自由って習いました。期末テストとか高校入試の頻出項目だった気がします。
ずーーーっと、この「言論の自由」って言葉はテストに出題する為にある言葉、授業をちゃんと聞いているかを試す為の言葉って思ってました。

ここカンボジアでは無いんですよ、その言論の自由が。はは。(←笑い事じゃありませんね。)
いやあ、無くなってみて、初めてその有り難さが身に染みます。
基本、政治ネタはご法度。告げ口も怖いので、気のおけない仲でも政府批判は口をつぐみます。お上への恐怖も浸透していて、20代の若者が家で政府への考え方を口にすると親に「余計な事考えてんじゃないっ」って叱られるそうです。メディアによる批判、バッシングなんて考えられません。

それでも、諸行無常。
最近、この風潮に反発する事件を耳にします。

ある大学教授が政府に物を申したそうです。
すると彼は、相応しく無いと職を奪われ、その後逮捕されてしまいました。日本だったら、その後をメディアが報道して、その情報を得る事ができますが、ここではそれは望めません。闇の中です。

元政府関係者側近が、何らかのトラブルで近隣諸国に逃げました。そこで、現政権の悪事を赤裸々にネット上に綴りました。クメール語と英語でそれぞれ書かれています。それの信憑性は分かりません。絵空事かも知れないし、真実かも知れません。今その人は、マレーシアかどこかでVISAの期限切れで捕らえられ、カンボジア政府に引き渡されようとしているそうです。政府側の発表では、「彼はテロリストじゃあ!」だそうです。

日本に住んでいた時は、改革への意気込みってのは大切な事だと思ってました。
主旨の是非はともかく、話題になって、たくさんの人が興味を持って、考えたり検討したりする絶好のチャンスだと思ってました。でも、それは揺ぎ無い社会基盤の上にあぐらかいてて思える事なんだって気づきました。郵政民営化だって、憲法改正だって、けんけんがくがくと議論の上で、もし議会が真っ二つに割れても、国民の真意を問う選挙が何回も行われたとしても、それが治安の悪化につながりませんよね。だから遠慮なく良いとか悪いとか言えるんですよね。

カンボジアでの、改革しよう!という至極もっともな動きに対して怯えている自分がいます。
民主主義は大切です。それに向かって進む事も大切です。
でも、それよりも、流血沙汰、もっと言えば内戦に突入する可能性と恐怖から目をそらせません。

管理者だけに観覧

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