スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 基礎材
ここカンボジアでは、建築屋さんの仕事は建物を作るだけ。資材は依頼主側が用意するのが普通です。
なにせ定価が無い国なので、ひとつひとつ、がんばって値切れば総額ではずいぶん違います。

まず必要なのは基礎材。砕石、レンガ、砂、セメント、鉄筋などです。シェムリアップ市内に販売店がいくつかあります。が、レンガ、砂などは車で1時間くらいのところで採取されているので、直接交渉した方が安いはず!と行ってきました。

レンガ採取地は、バンテアイスレイ遺跡の先、またはアンコールトムの奥です。道を走っていて、レンガの釜を見つけたら車をとめて交渉します。レンガ焼き場、初めて見ましたが、ずらーっと焼き釜の口がこちらを向いていて、壮観です。天空の城ラピュタのパズーの生まれ育った町の、高さをすごーく低くした感じ。言い過ぎ?
ここ2ヶ月でレンガの値段は高騰してて、数件まわったところ1個110~160リエル、数ヶ月前の1.5倍の値段です。先に買っておけば・・・泣。高いのは辛いけど、安いのも不安です。140リエルのお店で手をうちました。1回に数千個ずつ運んでくれるそう。値段は時価なので、140を超える値段なら連絡をいれてもらい、再度交渉です。必要なのは、穴なしレンガ10000個。穴あきレンガ70000個です。

砂の採取地はバンテアイスレイ方面、またはロリュオス遺跡方面です。バンテアイスレイの砂は白からグレー、ロリュオスの方のは赤茶色です。どちらが優れているってもんでも無いですが、混ぜない方がいいらしいです。
ロリュオスの方が少し安いと聞いていたんですが、値段は変わらず、1㎥で6ドル前後。バンテアイスレイの方では、「自分で運んでくれるなら、3ドルでもイイヨ」と言ってくれ、ぬか喜びをしたのですが、シェムリアップでトラックと人手を借りて運んだら、1㎥単価が7ドルを超えてしまうことがわかりました。がんばって交渉して、5.8ドルでおろして貰うことになりました。
スポンサーサイト
 ペンション設計書
ペンション準備についてもいろいろ書いていくことにします。ここで建設会社を興されている日本人Yさんを紹介され、その方にいろいろお世話になっています。

この国では、設計書などなく口頭でとんてんかん作り始めてしまうケースがほとんどだそうです。大工さんと依頼者側に共通認識があって、あんな感じ、こんな感じですんでしまうんですね。
ですが、日本人を泊めるペンションとなると、カンボジアハウスのようにはいかないので、ちゃんと絵を描くことにしました。

設計書は、それを専門にする人に依頼します。希望を伝えてまず作ってもらい、その後3回くらい手直しして完成です。

11月にある設計者に依頼したのですが、仕事が遅く、期日を守らず、伝えたことの半分も設計書に反映してくれない状態が2ヵ月半ほど続きました。最後に、完成予定の日に受け取りに行ってみると留守、電話すると「設計書はできてるけど、帰宅するのは夜」、再度夜になって受け取りに行くと設計書ができていなかったことが判明し、Yさんを通して首にしました。

次にお願いした設計者が、日本人と一緒に仕事した事がある人。以前の人とは対照的に、ビジネスルールをきちんと守って、さくさくと気持ちよく仕事してくれました。前回の設計者は仕事はしないのに、「こんな建物は見たことがない」とか「キッチンはもっと奥にあるべきだ」等いらないアドバイスだらけだったのに対し、今回の人は顧客のニーズを考えた提案をしてくれ、こちらの意図を汲んで設計書を完成させてくれました。

最初の設計者の時は、こんなんでカンボジア人は大丈夫なのかと思っていましたが、一安心。とりあえず、完成しました。
次のステップは、これをもとに見積もりです。
あまり丁寧な仕草ではないですが、日本では例えば両手がふさがっている時に方向を指し示す場合、顔や顎を使いますよね。カンボジア人は口をとがらせるんです。日本と同じように、家族など親しい間柄でしか使わないようです。年配のおじさんが、「あっちあっち」と言うように口をとがらせている姿はかわいらしくもあります。
カンボジア語を勉強中です。ちゃんとした会話を成立させるためには語彙力がまだまだですが、片言でゆっくり、直してもらいながら勉強しています。

カンボジア語の「スゥアート」は、「きれい、かわいい、かっこいい」の意味で、実に幅広く使うんです。
地平線に沈む夕日も「スゥアート」。部屋を片付けても「スゥアート」。セクシーな女性も「スゥアート」。イケメン(死語?)男性も「スゥアート」。かわいい赤ちゃんも「スゥアート」。最新モデルの車だって「スゥアート」。
そして逆にこれらを表現する方法は、「スゥアート」以外には無いんです。

カンボジア語を勉強する身としては覚える言葉が少なくて楽チンですが、ちょっと物足りない感があります。特に女性の容姿を褒めたいときに単語が1つなのは不便です。

カンボジアでは車は全て輸入です。関税が250パーセント。100万円の車を輸入したら、350万円以上で売らないと元が取れません。車を持っているのは金持ちか、観光客相手のタクシードライバーです。新車はまずありません。外国で廃棄対象となった中古車を売買するのが主です。

シェムリアップでは、車屋さんはありません。今乗っている車を売りたい人を探すか、プノンペンで買ってきてシェムリアップで売るバイヤーさんから買います。情報誌などは無いので、口コミ、横情報です。町で見かける車を物色し好みの車を友達やタクシードライバーなどに伝えておくと、彼らがその車を売りたい人を見つけたときに声をかけてもらいます。値段は売主との交渉で決まります。

車は左ハンドルがルールです。タイ、日本からの輸入車は右ハンドルなので、左ハンドルの車と比べると少し安いのですが、警察にしょっ引かれる可能性があります。

私が買ったのはカローラ、95年アメリカ製、走行距離6万キロです。5500ドルで、友達の友達の友達から買いました。シェムリアップでミルク色のカローラが走っていたら、それは私です。

 結婚式
カンボジアは3月が結婚式のシーズンの様です。そこらかしこで、おめかしした人や結婚式の車を見かけます。
先日、花嫁さんのお付の人役をやってきました。私は披露宴しか出席したことがなかったので、初めて結婚式を見られると思ってわくわくして引き受けたのですが、すっごく大変でした。
お付の人は、花嫁さん側に未婚女性3人、花婿さん側に未婚男性3人です。

前日
花嫁さんとそのお付の人たちは、朝からビューティーショップに行き、手足の爪にマニキュアを塗り、眉を整えました。マニキュアは赤か、濃いピンク色を使うのがフツウみたいです。眉は外半分は全て剃ってしまい内半分も細くして、逆八の字になるようにします。
花婿さんの家(花嫁さんは地方出身で花婿さんの家が貸しアパートを持っている関係上、花嫁さんは花婿さんの家の1階のワンルームアパートに住んでいます。)に行くと、大勢の親戚が集まっていました。椰子の葉に包まれたお菓子を作ったり、レストランで丸テーブルと椅子を借りてきてセッティングしたり、そのテーブルの上にテント(形は小学校の運動会の来賓席にある日差し避けのテントですが、何色もの布を使ったカラフルなデザイン)を建てたり、テントの前にゲートを作り、その脇にバナナやココナッツを飾って金色と銀色のスプレーをかけたり(金銀財宝があります、って意味らしいです。)、もうてんやわんやです。私も主な親戚に紹介してもらいました。クメール語はたいしてわからないので、「こんにちは」だけ言ってニコニコしておきました。
その日の夜は、カラオケ&ダンス大会。それから、花嫁さんとそのお付の人と寝ました。ダブルベッドに4人、普通に寝ると狭いので、ベッドの右側を頭にして寝ました。男性陣は、屋外に蚊帳を張って寝ていました。

1日目-結婚式
朝は3時半に起きました。ビューティーショップの人が4人来ていて髪と顔をセットし着付けてもらいました。髪はアップで、スプレーでがっちがちに固められました。まるでカツラの様です。顔はオシロイもマスカラもアイシャドウも頬紅も口紅もべっとべとに塗られました。最初の衣装は赤いドレスです。上は左だけ肩紐があるタイトな服で、下はロングスカート。どちらもレースと金色のビーズがたっぷり使われているカンボジアの民族衣装です。お付の人の衣装も十分にお姫様服ですが、花嫁さんはそれを上回ってごてごてに飾られていました。幅が1cmあるネックレス、親指ほどの太さのブレスレットに加え、二の腕にも冠の様なアクセサリーを付け、頭には大きなティアラ。衣装を着る前は完全に浮いてた顔も、そんな服を着るとそれなりに見えるから不思議です。
銅鑼の音を合図に、花嫁さんがお付の人を従えて、外に出ました。昨日のテントの下に細長い赤い布を置いて、その両脇に人が20人5列で椅子に座っていました。赤い布の道の一番奥には花嫁さんのご両親、一番手前には花婿さんがいました。花婿さんが花嫁さんを見上げ、ぐっときた表情をしたのも束の間、カメラマンとビデオマンが式に割って入りました。「はーい。花嫁さんはそのままこっちを向いてー。お付の人はもっと近寄って、手は前の人の腕に。そうそう。花婿さんは花嫁さんの手をとって、足はこの位置ねー。はい、いちにーのさん。カシャ」と、不自然なポーズでやらせの写真を撮られました。花嫁さんとお付の人は、そのまま上座に行き花嫁さんのご両親の周りを一周しますが、要所要所でやらせカメラマンの指示に従いました。
その後、花嫁さんとそのお付の人は部屋に戻ってお色直し。2つ目の衣装はオレンジです。上は先ほどと同じトーンですが、下は大きな布を腰に巻いてよじり足の間をくぐらせます。昔のヨーロッパ女性の乗馬服の様に見える、膝の部分が広がったズボンといった感じです。服をとめるのは安全ピンではなく、マチ針でした。また銅鑼の音とともに外へ出ます。今度は上座は空席で、花婿さんと花嫁さんが子供に連れられてそこに座り、お付の人はその後ろに座りました。デバター(カンボジア神話で天界の人)扮した男性と女性が、マイクを片手に歌って踊り、新郎新婦の後ろにまわって髪を切る真似をしました。物慣れた感じなのでそれを仕事にしている人たちだ思います。それから、新郎新婦の両親、親戚が順番に、花嫁さん花婿さんの後ろに回って髪を切る真似をしました。髪を切ることで悪いものを落とす、という意味だそうです。いいシーンでは必ずカメラマンが割って入り、やらせの写真を撮っていました。室内に帰っても撮影セットが用意されていて、赤いバラを持たされたり、花婿さんは花嫁さんの肩に手を回したり、70年代洋画のポスターみたいな写真をぱしゃぱしゃ撮られました。
それから新郎新婦は、お坊さんとご両親の前で結納の儀式をしていました。本来は婚約時点でやるものですが、最近は結婚式と一緒にしちゃう人が多いそうです。このとき指輪の交換もしていました。
またお色直し。3つ目の衣装は青。下は2つ目と同じ様な大きな布でした。今度は外に出ず、家の大きな部屋に親戚が集まっていました。上座にはお坊さんが5人並んで座っていました。お坊さんは皆20代でしたが、オレンジの僧衣を着て物々しい感じでした。お坊さんの前にはお皿が置かれ、花や果物が入っていました。お坊さんたちはお説教をした後、その皿の中身を新郎新婦に向かって撒く、というかぶつけました。後ろにいたお付の人もとばっちりを受けて、果物が頭にあたりました。
以上で午前の部終了。食事をしてお昼寝です。

1日目-披露宴
大きなレストランが披露宴会場です。移動は白いセダンに赤のリボンテープをつけ、フロントガラスの前に新郎新婦の人形が設置されているという、こっ恥ずかしいものです。招待状を出したのは700人、たぶん通常の倍の人数です。クラスメートはもちろんの事、最近行ったお店の美容師さんや、時々行く携帯電話ショップの店員さんなど、ちょっとの顔見知りにもばんばん招待状を出したみたいです。
時間は4時半から3時間ほどで、何時に行っても何時に帰っても大丈夫ですし、友達や彼氏彼女を連れてきても構いません。レストランには8人座れる丸テーブルが並んでいて、来た人からテーブルを埋めていき、8人揃ったら料理が運ばれます。示し合わせない限り知らない人と同席なので、それはそれで盛り上がることもありますが、黙々と食事をして帰ることもあります。レストラン内の舞台では、大きな音量で生演奏が行われています。
花嫁さんと花婿さん、そのお付の人たちは、披露宴の間中ずっと、出入り口に並んで立ちます。来た人に、皆でこんにちはを言って引き出物のキーホルダーやピンバッチを渡します。帰る人には、ありがとうを言います。ここで帰る人はお祝い金の入った封筒をハート型のポストに入れます。お祝い金の最低金額は10ドルですが、皆ちょっと見栄をはって無理をした額を入れるそうです。
親戚の人たちは、出席者のテーブルへの案内や、食事の終わりを見計らってお祝い金を入れる封筒を持って行くなど、小さな雑用をします。
この間、花嫁さんのお色直しは4回、お付の人は2回着替えました。1つは緑色でロングスカートのドレス、2つ目はピンクの花がたくさんついたドレスでした。
日本人観光客が様子を伺っていたので、花嫁さん代理で私が誘いに行きました。その時は断られましたが、こんな飛び入り参加もアリみたいです。
披露宴の最後のほうで、新郎新婦が舞台に上って「来て頂いてありがとうございました」と言っていました。日本の様な「人生の節目として・・・」といったノリはありませんでした。
披露宴の後は身内などの主催者側の人パーティーをしました。このパーティーは、新郎新婦の労いの意味で、人によってはやらないそうです。食事をして、カンボジアダンスをしました。

2日目
朝5時起きで、1日目と同じように顔と頭を作りました。この日の一着目は黄色のロングスカート。銅鑼の合図で花嫁さんとともに登場すると、室内に親戚一同が揃っていました。またカメラマンの指導のもと、花嫁さんは小さな台(殿様の肘掛のようなデザイン)に乗ったり、降りたり、花婿さんもカメラマンに言われるまま、花嫁さんの手をとったりしてました。その後、ご両親を前に座り、むにゃむにゃとお説教が続き、それから花嫁さんの右手首に赤い紐を、たくさんの人が結び付けていました。植物がその場の人に回され、その種をとって、花嫁花婿にぶつけました。
次の衣装は、赤のロングドレス。着替えた後、朝食タイムとなりました。何をするんだろ?と思ってたら、車に乗せられアンコールワットへ行きました。写真撮影の為です。一行は、新郎新婦、お付の人6人、友達家族、それにビューティーショップの人です。カンボジアでは吉日らしく、私たち以外にも4組のグループがいました。そこで日がさんさんと降り注ぐ中、あっちを向いてぱしゃり、こっちを向いてぱしゃり。気づくと観光客もこちらを向いてシャッターを押していました。その後、文化村(カンボジアの歴史を紹介したエンターテイメントパーク)へ行き、やはり写真撮影。
花嫁さんは、何度か着替えさせられていて、大変だねえなどと言っていたら、私たちお付の人も着替えさせられました。衣装は白いドレス。またぱしゃり、ぱしゃり。日本人は、アンコールワット入場料1日20ドル(カンボジア人は無料)、文化村は1日12ドル(カンボジア人は1ドル)のはずなのですが、お付の人の衣装とメイクの効果で、カンボジア人料金で出入りしてしまいました。
以上、2日目終了です。お礼に、とぽち袋に入った5ドルをもらいました。
帰ってシャワーと昼食後、みんなでぐったりお昼寝しました。

翌日
通常は上記で終了なのですが、今回の花嫁さんが田舎の村(と言っても、シェムリアップから車で1時間)の出身なので、そこでも披露宴をやりました。
朝5時に車に乗せられ、花嫁さんの地元へ。ドレスを試着してサイズ合わせをしました。このときのお付の人は、男女6人いるなかで、昨日までと同じ人は私を入れて3人でした。ビューティーショップの人は地元の人で、花嫁さんは気軽に口をきいていました。
最初の衣装は赤いドレス。銅鑼の合図で登場。行ってみると、大きな空き地の上に、大きなテントを張った披露宴会場でした。足元は砂です。田舎なので、大きなレストランは無いのかもしれません。一昨日と同じように、来た人に「こんにちは」を言ってプレゼント、帰る人には「ありがとうございました」を言います。
途中でお色直しで、今度は緑のドレス。人が途絶えた隙を狙って、カメラマンに写真を撮ってもらいます。カンボジアではまだカメラは普及していないので、親戚や友達も写真を撮ってもらう良い機会のようです。
最後は身内やお付の人たちでパーティーをしました。シェムリアップと違い、お付の人を含めほとんど英語が話せず、会話は身振り手振りでした。

以上、2泊3日+1日、着た服計10着。カンボジアの女の子は大変ねえと漏らすと、昔の結婚式は1週間だったんだから今は短いくらいよ、かえされました。
ながながと書いてしまいました、最後まで読んでくれた人がいましたらありがとうございます。

 法律
カンボジアでは時々ヘンテコな法律が施行されます。それは一時的には厳しく取り締まられるのですが、数ヶ月も経てば忘れられ、元に戻っていきます。

先日でたお触れは、「茶髪の禁止、及び男性の長髪禁止」。お堅い高校の校則みたいな法律ですが、違反者はどんどん逮捕、がんがん投獄です。

茶髪率は日本ほどではありません。アイドルや歌手の一部、街では、たまーにオシャレな子がうっすらカラーリングしてるな-って程度です。年配の人だけでなく、若い人でも茶髪には眉をひそめる感があります。

法律が試行され、真っ先にアイドルや歌手は黒髪。後ろ髪をしっぽみたいに縛ってたテレビタレントの男の子もショートカットになりました。この法律のおかげで、街のビューティーショップは繁盛している様です。

カンボジアの政治家さんたち、もっと他にやることがあるんじゃないの??


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。